オタク能

八割人間のオタクが綴るブログ

錦木千束から学ぶ生き辛さ

※このブログはリコラス・リコイル4話までのネタバレが入ります

 

 

人は各々大なり小なり生き辛さを覚えるそんな世の中でしょうが自分の生き辛さが何に由来しているか気付いてしまったというトピックです

この導入だと真面目な話か!?となるのでお通り代わりにアニメの話をさせて頂きますが、私は現在放送中のリコリス・リコイルにドハマりしています

そしてそのアニメのキャラクターである錦木千束がもう好きで好きで堪らない、というのが現状です

私はこのキャラが好きみたいな話は割とする方ですが歴代で好きになったキャラクターの中で少なくても3本の指には入りそうなくらい勢いです

表彰台確定🙌

 

 

まあまあ別に錦木千束の話がしたいだけではないので(本当?)話を戻していくと、錦木千束という子は指令を無視して組織から追放された井ノ上たきなに手を差し伸べるんですよね

井ノ上たきなの司令無視には人質になった仲間を救うという意図があるのですが一方で組織から追放されたくない井ノ上たきなはそれが本当に大事なら司令を遵守するべきでした

ただそんな井ノ上たきなに事の顛末を聞いたあと「たきなの復帰に私協力するよ!」と組織に戻るための協力を約束してくれた錦木千束、ここに私の生き辛さが垣間見えた気がしました

 

 

錦木千束は「あの時たきなは仲間を救いたかった。それは命令じゃない、自分で決めたことでしょ。それが一番大事」と話しています

私も同意見です

もし井ノ上たきなが司令を無視しなかったら仲間は殺されていたでしょう

救うのは、少なくても人間の行動としては間違っていなかったはずなんです

それでも司令無視して追放されたことから元同僚からは後ろ指を指される、これは真っ当な思考の基ではおかしい

世間一般では規則を守り指示の通り行動するということが正しいとされています

これは法治国家日本であるため当然と言えば当然でありますがその弊害か多くの人が自分で考えず言われたことが正しいと決めつけがちであり、こういった考えが蔓延していって常識という概念になっているということを前提とすると逆説的に井ノ上たきなもそれを擁護する錦木千束も常識的な人間ではないということになるのでしょう

 

ただ私は常識的でないから生き辛いみたいなそういう在り来りな結論で終わらせるつもりはありません

なのでどういった点が生き辛いと感じさせるのか具体的に探っていきましょう

 

錦木千束は「気分が良くない、誰かの時間を奪うのは気分が良くない(だから人は殺さない)」と話しています

またアラン機関のペンダントをくれた人を「ありがとうと言いたいだけなんだけど」と親代わりに育ててくれた組織を抜けてまで10年も探しているという話もしていました

 

この2点から私は錦木千束というのは見過ごすことが出来ないような子に思えます

だから最初の井ノ上たきなの話も行動が理解できなくても現場の判断ミスもあるだろうし第一目の前の人が困っていて自分がそれを知っていて放って置くのは気分が良くないから協力した、という風に解釈しています(もちろんその後に組織の隠蔽が判明してより強く協力しようと思うわけですが、これは第一印象の話です)

 

最初の話に戻すことができたので結局何が言いたかったの?という話をようやくできるのですが、つまり錦木千束は目の前に現れた燻りがどうしても気になってしまう

多くの人は妥協したり諦めたりして何とか自分を騙すことで生きているんだと思います

でも錦木千束は良くないと思ったら「ダメだよ!」と言うし困っていそうなら手を差し伸べる

これを多くの人がしない理由って単純に大変だからと思うんです

錦木千束にとっては悪い気分になんか付き合ってられないのと同様に多くの人にはそのための労力の方が付き合っていられないのでしょう

実際に都会では変な人がいるなと思ったら目を背けるでしょうし困っている人がいても声を掛ける人は少ないです

これは正しい行動が必ず実を結ぶわけではないしさらに見知らぬ人なら何をされるかわからないという不信感があるからです

でも錦木千束なら声を掛けるのでしょう、それで被るかもしれない被害など顧みずに

井ノ上たきなは錦木千束が人を殺さないのは博愛的な理由だと思っていたと話していますが行動を見ると博愛的だと思ってしまう程に多くの人を笑顔にしている

ただ同時にその手当り次第の行動から絶対に裏切られたような感覚に陥ることもあるでしょうし諦めが悪いでしょうから納得できないならずっと答えを探すようにその現実と格闘するのでしょう

これが彼女の生き辛さであり生き方だと私は考えます

 

 

私も昔難癖つけられて謝罪しなかったら警察と親を呼ばれたことがありましたし妹が逃げから人生を決めているようでどうしたら幸福なのかをずっと考えているような頑固なところは錦木千束と共感できます(前者は父に「世の中には話の通じない人間がたくさんいる。良い勉強になったな」と言われましたがそれが毒になったか薬になったか今はよくわかりません)

 

以前、友人から「無理なものは無理だから諦めた方が良い」という助言をされたことがあります

この言葉はずっと胸に刻まれていてその通りだと頭では理解出来ているのに言葉を飲み込むことはできませんでした(こういうことを言ってくれる友人には感謝しているし大事にしなければならない)

これは何故かとリコリコを観てからふと考えてみて、すぐ妥協するようなお利口さんになれないのは自分に信念があってそれを曲げることができないからだと実感しました

そしてそれが生き辛いことは今までの人生で嫌という程味わってきました

それでも、だからこそ私は"やりたいこと最・優・先!"で「でも後悔はしていません!」と言えるように生きていきたいです

だから今日も強く生きるのです



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(校正が入るかもしれないし入らないかもしれないです)